9月最後の週末に、乾物・調味料つながりの女3人で高知に行って来ました。私の一番の目的は、すみれやで販売している「土佐の海の天日塩 あまみ」を作っている小島正明さんに会いにいくこと。このお塩、本当においしいのです。私は表現力がないので、ある料理人が本に書いていた説明を紹介します。「あまみは、最初に感じる酸味や辛味、塩味が持続しながら、最後に残る甘味がまろやかな余韻を感じさせてくれる塩です。」
黒潮町の海沿いの作業場でお話を聞いて来ました。
まずは塩作りの現場を見せてもらいました。海から海水を引いて来て、3階建てくらいある木造の骨組みにネットがかかっているところをその海水がぐるぐる繰り返し滴り落ちます。ここで自然蒸発させて、ある程度海水を濃縮します。冬の方が乾燥するからか、早く濃縮するそうです。冬だと2〜3週間、夏だと1ヶ月くらいかかります。その後、温室の中で太陽光で乾かします。夏は温室の中はとんでもなく暑いそうで、朝早くに作業をするそうです。温室は夏は1週間、冬は3週間くらいかけて、塩が乾いて結晶化していきます。小島さんは手触りがふわふわっとした塩が好きだと言っていました。でももちろん、毎回そういった塩ができるわけではありません。その時々の条件で、様々な表情の塩ができるそうです。
その後、家の中で塩を量って袋に入れたり、発送したりという作業があります。あまみの塩の袋の絵は、京都でCosmic Familyという屋号で絵を描いたり、草木染めのふんどしや五本指靴下などを販売している麻木子さんが描いたものです。実は、私は麻木子さんにこのお塩のことを教えもらったのです。海の上でにっこり笑っている太陽がお塩を大事に持っている絵。ぴったりです。
日本では、塩専売制度というのが1997年に廃止されるまであって、自由に塩を作って販売することはできませんでした。1971年に塩業近代化臨時措置法というのが成立して、経済的に能率よく、純度の高い塩を作るイオン交換膜製塩以外の方法で海水から直接塩を採ることができなかったそうです。20年くらい前まで、小島さんの作るようなミネラルがたっぷりと入った塩を作って売ることはできなかったとはびっくり!ですね。
でも小島さんはこの専売制度がある時期から動き出しています。そもそも小島さんが塩を作り始めたきっかけを聞くと、原発建設反対運動の話が始まりました。現在塩を作っている場所から10〜15分くらいの所に原発を作る計画が1970年代後半に持ち上がってから、地域の人々や党派を超えた議員さんたちが原発建設に反対するという一点で協力して、最終的にその計画は撤回されたそうです。この問題の他にも川の汚染問題などに取り組んでいた自然保護グループに参加する中で様々な出会いがあって、伊豆大島でその頃塩作りをしていた所を見に行く機会ができました。まだ20代前半だった小島さんは、伊豆大島で1年間塩作りを教えてもらいます。そして、地元高知で塩作りを始めます。専売制度がある頃は、団体の会員が味覚テストをするという名目で、配布していたそうです。
はじめの頃は、完全な天日干しではなく、天ぷら油を燃やして海水を濃縮させてから天日干ししていました。火で炊く方法は、とにかくエネルギーがかかるそうです。昔は塩を作ると山がはげると言われていたそう。1996年から完全天日干しで作っているとのことでした。施設は全部手づくりです。年に2回高圧洗浄機で洗って、大体10年ごとにメンテナンスするそうです。
海水を使って塩を作るということで、小島さんは海水の汚染に関してはとても気にされていました。2011年の福島原発事故以降の汚染や、近くには伊方原発があったり、今年は奄美大島の方でタンカーの事故もありました。今の所影響はないと言っていましたが、セシウム134、137とヨウ素131の検査は時々しています。昨年の結果のコピーをいただきましたので、見たい方はお知らせください。
ちなみに、この町で5ヶ所、お隣の町で2ヶ所とこの地域ではお塩を作っている方が結構います。そういう産地なのかな〜と思っていたのですが、皆さん小島さんの所で塩を作って独立した方なんだそうです。現在は6人で塩を作っているそうです。
最後に、小島さんは「(塩は)作るものではなく、(自然に)できるもの」だと言っていました。長年自然の中で塩を作り続けて来た小島さんが言うと説得力があります。
スーパーで販売されている塩専売制度の時代から作られているお塩に比べたら、このあまみの塩の値段は高く感じるかもしれません。でも、作り方や塩の中身(栄養素)などは全く別物です。海水をそのまま凝縮させたミネラルたっぷりのお塩を、適量使うだけで、素材の味がグンと引き立ちます。女3人旅では、昼間にマーケットで購入して来た新鮮な野菜を蒸したり切ったりしただけのものに、このお塩をつけていただいて歓喜していました。こんなお塩を自由に食べることができる社会になってよかった!とつくづく思います。
(春山)